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Report : Vincent Radio goes to 福島 Pt.1

Photo : Yasuhiro Ohara
Text : Poem

7月の陸前高田~気仙沼に続いて、ヴィンセント・クルーは8/3~8/4「プロジェクトFUKUSHIMA !」を取材するチームに同行し、福島に行ってきました。到着したらすでに夕方。福島駅前の印象はといえば、いわゆる一地方都市といった趣きで、マスクをしている人も目につかず、いたって平穏に見えました。とはいえ持参したガイガー・カウンターの値は0.4μSv/h(マイクロシーベルト/時)から1.2μSv/h の間を行き来し、もちろん素人の計測なので誤差はあるでしょうが、東京の数倍はあると思われます。途上で話したおばさんによると1.0μSv/hは普通とのこと。

夜は「プロジェクトFUKUSHIMA !」のスタッフのご好意で、NHK ETV特集「ネットワークで作る放射能汚染地図」に出演されていた放射線衛生学者、木村真三先生の「市民科学者養成講座」を受講できました。
見ることも触ることもできず、また匂いも無い放射能にどう対処していくか。放射線にまつわる物理の話や身体への影響から具体的な除染の方法まで、レクチャーは多岐に渡り、相次ぐ質問タイムを入れると、みっちり3時間半、濃厚な講義でした。

Photo by Yasuhiro Ohara

国や自治体の対応が後手後手にまわる中、3.11後の福島で生活を続けるということは、自分の身は自分で守っていくしかない世界に放り出されるということでもあります。自分たちで線量を測り、汚染地図を作り、除染していく。過酷としか言いようのない状況。地元の方々の講義に対する熱量は半端無かったです。小学生のお子さんを持つお父さんの発言によると、いつまでたっても動かない行政に業を煮やし、父兄の方々が自主的に校庭の除染を始めている学校もあるそう。このように除染方法や線量に関する具体的な発言や質問が続く中、参加者のおじさんがふと漏らした「このままやられっぱなしじゃいられない」という言葉には深く心をえぐられました。木村先生が「住民票を福島に移した」とおっしゃった時の割れんばかりの拍手は、孤独な戦いを強いられている住民のみなさんの強い期待と信頼のあらわれと思います。

私たちヴィンス・クルーでさえ、この時の話をする度に喧々諤々となります。それだけセンシティヴで一筋縄ではいかない問題が存在し、それが福島に住む方々ひとりひとりに丸投げされている状況の理不尽さには、やはり強い憤りを感ぜずにはいられません。
クルーのひとりからは内部被曝に関する質問をさせていただきました。そこで教えてもらった「ふくしま希望市場」は、ある意味「やられっぱなし」な状況からの反撃でもあるでしょう。

なかなか信用ならない国の放射線量基準より、はるかに厳しい基準を自主的に設けることで、福島ブランドの名誉回復を行っていく。今後、日本全国への汚染拡大が予想される中、この取り組みは重要だし参考にされるべきと思います。

「ふくしま希望市場」は、8月15日に開催される「8.15 世界同時多発フェスティバルFUKUSHIMA !」にも出店されるそう。「プロジェクトFUKUSHIMA !」主催のこのフェスティバルは福島から呼びかけ、日本中、世界中で同時多発的に開催されます。詳しくはHPを見てもらいたいのですが、図らずもネガティヴ・ワードとなってしまったFUKUSHIMAという言葉をポジティヴに変換していく試みでもあるという「プロジェクトFUKUSHIMA!」。このフェスをスタートに今後さまざまな方向に展開していくようです。少しでも興味をもたれた方は、現地まで足を運ばれてはいかがでしょうか。メディアを通してではなく、直に触れることで感じる何かが必ずあると思います。


翌日はまず、福島市内の避難所で話を伺いました。3月の時点では(この避難所に)最大2500人ぐらいいた被災者の方もいまでは300人ほど。そのみなさんも仮設住宅に移動になり、この避難所は8月末をもって閉鎖されるとのこと。お忙しそうだったので詳しくは聞けませんでしたが、責任者の方によると、本来の機能であるスポーツ施設に戻すのだそう。話としては理解できるし、これは穿った見方なのかもしれませんが、どうにもその口ぶりからは、つい3.11という決定的な出来事を無かったものとして振舞おうとしているように思え、違和感を感じてしまったことも確かです。外で無邪気に遊ぶ子供たちを眺め、微妙な気持ちになりながらも次の目的地に出発。

次の目的地は飯舘村。高濃度のホット・スポットとして全国的に有名になってしまった高原の村落です。美しい山あいの道を進むにつれ、ガイガー・カウンターの数値は上昇。途中、看板を発見し立ち寄った「UFOふれあい館」という謎の施設の売店でひと騒ぎし、近くの神社にお参りしようとした矢先、突如警告音が鳴り出しました。ガイガーに設定された危険値に達したようです。2.0 μSv/h。UFOグッズにはしゃぐ一同に一気に緊迫した空気が走ります。慌てて駆け出すやすぐに数値は低下。おそらく雑草の生い茂っている辺りに溜まっていたのでしょう。 ホット・スポットというのはちょっとした場所に点在し、だからこそ恐ろしいという事実を実感させられた一件でした。

その後も数値はしきりに上下しましたが、飯舘村に入る辺りから高位安定。降り立った村役場では今回の旅の最高値3.39μSv/hを計測しました。計画的避難地域に指定され、ほとんどの人々が避難したこの村は、いわゆる廃村とは異なり、ついこの間までは人がいた気配が濃厚に漂い、美しい真夏の田園風景の中、まるで人間だけが忽然と姿を消してしまったかのような何とも言いようのないムードに包まれています。辺りを覆う不思議な静寂と静かに鳴り続けるガイガー・カウンターの不気味な警告音に言葉を失い、どうしていいのだか分からなくなった私たちは、そそくさと村を後にしました。

山道を降りて南相馬市に入ると、いきなり普通の街並みが開けてきました。給油に立ち寄ったガソリン・スタンドでは若い女の子が笑顔でお出迎え。つい数十分前までとの落差にショックを受け、ふとガイガー・カウンターに目をやると、福島市よりぜんぜん低い数値が。30km圏内の場所もあるため、市として意識的に除染を進めているのでしょうか ? とはいえ、先ほどみたニュースによると南相馬市内で5.5μSv/hのホット・スポットが見つかったとのこと。やはり汚染はまだら状に広がっているのかもしれません。原発からの距離だけではなく、詳細な汚染地図の作成が急務なことは間違いないと思われます。見つけたラーメン屋で遅めの昼食をとって、さらに原発方向へ。

飯舘村では3.39μSv/hを計測した



南相馬市の平穏な街並み

南相馬市20km圏、警戒区域との境界線 Photo : Yasuhiro Ohara

再び周りは田園地帯。一本道を進んでいくと、前方に点滅するライト、そして棒を振っている警官の方々が。20km圏、警戒区域との境界線です。手前のセブンイレブンに車を停め、数値を測ると0.22μSv/h。意外なほど低いです。写真や動画を録っているうち、しだいに辺りは霧で包まれてきました。いかにも地の果て的雰囲気が高まり、普段のこのメンバーならキャッキャするところなのですが、昨日からのショッキングな出来事の連続に精神的ダメージが溜まっているのか、たいした反応もありません。そこから夜のいわき市を経由して、おのおの何とも複雑な思いを抱えたまま、東京に帰ってきました。


甚大な被害をうけた、いわき市の海沿いの水産加工場。Photo : Yasuhiro Ohara

3.11から5ヶ月。この期に及んでも政争に明け暮れている国政。詳細な汚染地図の作成は直ちに行政がやるべきことです。同様に補償に関しても遅々として進んでいるようにはみえません。

福島の人たちが直面している複雑この上ない状況とそこで生活していく心境は、1日2日行った程度で理解できるものではないでしょう。しかし、日本全国へと汚染の拡散が懸念される今、それは他の地域に住む私たちが数年後、いや、もしかしたら数ヶ月後にぶち当たる問題であるかもしれません。ならば、この原発をめぐる一連の状況を、福島のこととして外側から応援するだけではなく、私たち自身の問題として理解し、連帯し、共に闘っていくことが必要なのではないでしょうか。

やり方はいくらでもあります。しかし、そもそもの元凶である原発とそれを取り巻く腐ったシステムに対して、シンプルかつストレートにNOと言っていくのは、都市部に住む人間こそがまず率先してやっていくべき重要なアクションではないかと思います。

8/27には東京渋谷と神戸で twitter発「TwitNoNukes」主催の脱原発デモ、8/28は福島いわき市で「いわきアクション!ママの会」と東京の「NO NUKES MORE HEARTS 」の共同主催「NO NUKES! PEACE DEMO」があります。気になる方は是非ご参加を !

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